AIが読める形になっていない
第1の壁は、AIが参照すべき情報が社内各所に散在し、形式もばらばらになっている状態だ。
紙やPDF、独自レイアウトのExcelが混在し、部署ごとに保存場所も命名規則も異なる。さらに厄介なのは、所在が分かっても使えない場合が多い点である。
機密情報が含まれていないか、そもそもAIに学習させてよいのかという判断基準が定まっておらず、結果として安全側に倒して使わない選択が積み重なっていく。
生成AIの導入は多くの企業で進む一方、投資に見合う成果を上げる企業はまだ少ない。原因は、AIを部門の効率化ツールにとどめ、経営資本として位置づけていない点にある。多くの日本企業は人的資本を強みとしてきたが、人手不足が深刻化するなか、それだけでは競争力を維持できない。
人的資本を磨きながら、AIを経営の中核に資本として組み込み、両者の掛け合わせで持続的な競争優位を築く。これがAI資本経営である。
本ページでは、AI資本経営の定義と内訳を整理したうえで、実装の切り口、組織設計と職種、変革を支える企業文化までを解説する。生成AIの活用を部門単位の効率化で終わらせず、企業全体の競争力へ転換したい経営層およびDX推進責任者に向けて、実践の要点をまとめる。
※本ページは、当社代表取締役CEO 林達の著書『CEOのためのAIの教科書 「AI資本経営」を実現する90日ロードマップ』(翔泳社 / 2026年03月発売)の内容をもとに再構成したものである。
AI資本経営とは、AIを消費する道具ではなく経営の資本として位置づけ、人的資本との掛け合わせによって持続的な競争優位を確立する経営手法だ。従来の経営資源はヒト、モノ、カネの3つで語られてきたが、そこにAIを加えた4つの資本で経営を組み立てる考え方だといえる。
ここで重要なのは、AIが人的資本と同じく、投資と運用の対象になる点だ。人材を採用し、育成し、配置を見直すのと同じように、AIもモデルを選定し、自社のデータで育て、成果に応じて入れ替える。こうした運用を経営管理に組み込むことで、AIは初めて企業固有の資産になる。
ただし当社では、その目的が人の仕事を代替することにあるとは考えていない。AIが情報処理と実行を担い、人は問いを立て、意味を判断し、責任を負う。この分担を前提に経営を設計し直すことが出発点となる。
人的資本経営は、従業員を費用ではなく価値創造の源泉と捉え、育成と環境整備への投資を通じて企業価値を高める考え方だ。AI資本経営は、その発想の対象をAIへ広げたものにあたる。ただし、両者は代替関係にはない。
| 人的資本経営 | AI資本経営 | |
|---|---|---|
| 獲得 | 採用と育成を要する | 調達が比較的容易 |
| 能力の更新 | 育成に時間を要する | 設定変更で柔軟に対応 |
| 稼働 | 労働時間の制約がある | 時間の制約がない |
| コスト | 稼働にかかわらず発生 | 利用した分だけ発生 |
| 知識の喪失 | 異動や退職で失われる | 失われない |
決定的な違いは、資本の性質にある。人的資本は採用と育成に時間を要し、異動や退職によって知識が失われるリスクを常に伴う。一方でAI資本は調達が比較的容易で、能力の更新も柔軟に行える。そのため今後は、ある業務に対して人を雇うのか、AIを雇うのかという判断を迫られる場面が増えていくだろう。
とはいえ、AI資本だけで経営が成立するわけではない。問いを立て、出力に意味を与え、最終的な責任を負う役割は、やはり人にしか担えないからだ。
DXや生成AI導入とAI資本経営では、目指す到達点が異なる。DXの多くは既存業務を前提に、システム化や自動化で作業を効率化する取り組みとして進められてきた。生成AIについても、ツールの配布や利用率の向上が目標になりやすい。
しかしこのアプローチでは、成果が部門内の時間短縮にとどまり、投資対効果を経営指標として説明しにくい。
| DX・生成AI導入 | AI資本経営 | |
|---|---|---|
| 出発点 | ツールの選定と配布 | 蓄積するデータと成果指標の定義 |
| 対象 | 既存業務の一部 | 業務、組織、意思決定の全体 |
| 目標 | 利用率の向上と作業時間の短縮 | AI資本の蓄積と競争優位の確立 |
| 成果の測り方 | 部門内の工数削減 | 経営指標への貢献 |
| 残るもの | 契約期間中の効果のみ | データ、ナレッジ、モデル |
| 担当者の交代時 | 元の運用に戻る | 資産として引き継がれる |
これに対してAI資本経営が目指すのは、AI活用の成果を資産として残し、次の判断精度を高める構造だ。だからこそ、ツール選定の前に、整備するデータ、蓄積するナレッジ、成果指標を定義しておく必要がある。
当社では、AI活用を単発の施策ではなく資本形成と捉えられるかどうかが、DXとの決定的な分岐点になると考えている。
AI資本経営が必要とされる背景には、日本企業が直面する構造的な事情がある。ここでは経営環境の変化や日本企業が持つ強みといった観点から整理する。
多くの日本企業は、強みとして人的資本を挙げてきた。現場の熟練者が持つ判断力や、長年の経験に裏打ちされた品質管理は、確かに競争力の源泉だろう。
しかしこの前提は、人口構造の変化によって急速に揺らいでいる。少子高齢化により労働人口は減り続け、人材の流動化も進んでいる。ベテラン従業員の退職とともに知識が失われ、異動や再配置によってノウハウが断絶する事態が各所で起きている。
さらに、継承されなかった知識を補うために、過去に一度行った調査や資料作成が繰り返され、生産性がいっそう低下する悪循環も生まれている。もちろん、人的資本の磨き上げが重要であることに変わりはない。ただし人だけを軸にした競争優位は、母数の減少とともに縮小せざるを得ない。
AIに対する企業の向き合い方は、大きく2つに分かれつつある。ひとつは、月額費用を払って利用する消費財として扱う姿勢だ。もうひとつは、利用のたびに情報とナレッジが組織に残る資本として扱う姿勢である。この差が、数年後の競争力の差になるだろう。
消費財として扱えば、AIの価値は契約期間中の作業時間短縮にとどまる。契約を止めれば効果は消え、社内には何も残らない。一方、資本として扱う場合は、利用のたびにデータが蓄積され、モデルが自社の文脈に適応していく。その結果、同じ質問への回答精度は上がり、適用できる業務範囲も広がっていく。
この違いを生むのは、AIそのものの性能ではない。蓄積を設計しているかどうかである。何を残し、どう構造化し、誰が管理するかを決めていなければ、利用実績は組織の資産にならない。
日本企業のAI活用が遅れているという指摘は多い。総務省の2026年調査(令和8年版 情報通信白書)では、生成AIを積極的または限定的に活用する方針を定めている日本企業は約7割(68.9%)に達し、前年度の49.7%からは大幅に増加しているものの、米国やドイツ、中国と比べて依然として低い水準にある。
しかしこれは、潜在力が乏しいことを意味しない。日本の製造業は、付加価値額において世界第4位の規模を維持している。2024年の経常収支は過去最大の黒字を記録し、その要因として自動車や半導体製造装置が挙げられた。失われた30年という文脈で語られがちだが、データはむしろ異なる姿を示している。
問題は、この強みを支えてきた知識の多くが、言語化も構造化もされないまま個人に留まっている点だ。設計資料や実験データ、熟練者の判断基準は、AIが扱える形に整えられれば、きわめて価値の高い資本になる。当社では、その整備こそが競争力回復の起点になると考えている。
AI資本経営の必要性を理解していても、着手した企業の多くが途中で止まる。原因は個社固有の事情ではなく、共通する3つの壁にある。ここではデータ、プロセス、人材という3つの壁を紹介する。
第1の壁は、AIが参照すべき情報が社内各所に散在し、形式もばらばらになっている状態だ。
紙やPDF、独自レイアウトのExcelが混在し、部署ごとに保存場所も命名規則も異なる。さらに厄介なのは、所在が分かっても使えない場合が多い点である。
機密情報が含まれていないか、そもそもAIに学習させてよいのかという判断基準が定まっておらず、結果として安全側に倒して使わない選択が積み重なっていく。
第2の壁は、業務の流れや役割、評価指標が整理されていない状態である。
AIは決まった流れの中に組み込まれて初めて力を発揮するが、多くの企業では手順が担当者の経験に依存している。
何を入力し、誰が判断し、どの形式で出力するかが定義されていなければ、どこにAIを置くべきかも決まらない。
この状態でツールだけを導入しても、使い方は各自の裁量に委ねられ、成果を検証できないまま終わってしまう。
第3の壁は、AIを使える人材と、活用を推進する人材の双方が足りていない状態だ。
前者は現場でAIを業務に適用できる人材、後者は全社の設計と展開を担う人材であり、必要な能力は異なる。とりわけ不足しているのは後者である。
ツールを配っても、業務のどこに適用するかを設計し、部門を横断して展開できる人がいなければ、活用は一部の熱心な社員にとどまってしまう。
なお、これら3つは順番に解決するものではない。データを整えてからプロセス、という進め方では時間がかかりすぎる。当社では、3つを一体で進める必要があると考えている。
AI資本経営を実践するには、何を資産と見なすのかを定義しなければならない。
当社では、AI資本の内訳として「データ」「ナレッジ」「モデル」「推論基盤」「評価・監査メトリクス」の5つを挙げている。これらに共通するのは、いずれも貸借対照表に計上されない見えない資産だという点だ。だからこそ、意識的に棚卸しし、投資対象として管理する必要がある。
また、資本と呼ぶ以上、AI資本は測定され、説明できる状態になければならない。測る対象は、どれだけ蓄積しているかという量と、どれだけ使えているかという活用度の2つに分かれる。前者にあたるのは、学習済みモデルやナレッジグラフといった知識基盤の整備度である。後者にあたるのは、AIが日常業務に組み込まれている比率や、AIを活用した意思決定・新規事業創出の件数だ。
これらは単なる技術指標ではなく、競争力の新しい物差しになる。加えて、人的資本や知的資本の情報開示が義務化されつつある流れを踏まえれば、財務資本、人的資本に続く第3の柱としてAI資本の開示が問われる時代も遠くないだろう。
AI資本経営を経営に組み込むには、抽象的な理念ではなく具体的な着手点が必要になる。ここでは、CEOが最初に手をつけるべき3つの切り口を紹介する。
最初の切り口は、資本の定義そのものを更新し、現在地を測れる状態にすることだ。
何を資産と見なすかが決まっていなければ、どこに投資すべきかも判断できない。
具体的には、データ、ナレッジ、モデル、推論基盤、評価および監査メトリクスという5つの区分で、自社の保有状況を洗い出す。
棚卸し自体がデータの散在を解消するわけではないが、見えない資産を可視化することで、投資の優先順位が初めて決まる。
第2の切り口は、経営管理の仕組みにAI資本の視点を組み込むことである。
データ整備も人材育成も、投資対象として位置づけられていなければ、担当も予算もないまま現場の善意に委ねられる。
その具体的な形として、当社ではHR部門に相当するAIR(AI Resource)部門の設置を提案したい。
人事部門が従業員を管理するように、AIモデルと計算リソースを調達し、自社データで育て、性能が見合わなくなれば入れ替える役割を担う組織である。
第3の切り口は、AI資本固有のリスクを、情報セキュリティと法務の枠を超えた経営課題として統合することだ。
ここで注意すべきは、リスクを恐れて禁止事項を増やす対応が、かえって危険を生む点である。
公式ルートが使いにくくなるほど、現場は非公式にAIを使い始める。
経営が下すべき判断は、禁止をどこまで増やすかではなく、安全に使える正規ルートをどれだけ用意できるかにある。
AI資本経営への転換は、制度や仕組みの整備だけでは進まない。変革を主導する経営者自身の姿勢が問われる。ここでは、CEOに求められる5つのマインドセットを紹介する。
第1のマインドセットは、変化の激しさそのものを楽しむ姿勢だ。
かつての組織はヒエラルキーに基づく統制構造を持ち、コミュニケーションは上意下達、価値提供はウォーターフォール型が基本だった。しかし現在の経営者は、正解のない課題に直面し、計画通りに進まないことを前提に意思決定を迫られている。
この変化を加速させている根源がLLMである。対話駆動のUXが業務プロセスと意思決定を高速化するだけでなく、AIエージェントがコミュニケーションの一部を代替し始めた。
2010年代にソフトウェアが世界を飲み込むと語られたように、いまはLLMが世界を飲み込む状況が立ち現れている。こうした現実を前に求められるのは、変化を不安として捉えるのではなく、楽しみとして受け止める姿勢にほかならない。
第2のマインドセットは、経営者自身が変化に触れることだ。
AI資本経営では、既存の延長ではない新しい原理原則を構築していく姿勢が求められるため、報告を通じて判断するだけでは、その原則は立てられない。自ら進んで技術を試し、可能性と限界を体感することが、組織変革の起点となる。
ここで問われるのは技術的な習熟ではなく、3つの構えである。ひとつは正直さと謙虚さで、固定観念に囚われていてはAIが示した示唆を活かせない。もうひとつはやり遂げる意思、すなわち手応えが得られるまで継続する粘り強さだ。
そして最も難しいのがアンラーニングで、常識や過去の成功体験をいったん脇に置けなければ、パラダイムシフトの本質は見落とされてしまう。当社では、こうした経営者自身の実感が、組織を迷走させないための羅針盤になると考えている。
第3のマインドセットは、情報が組織内をどう流れるかを設計することである。
いまは、かつてないほどの情報量によって意思決定が難しくなる情報オーバーロードの時代だ。総務省の情報通信白書によれば、世界のIPトラフィックは現在と比べて2030年に30倍以上、2050年には4,000倍に達すると予測されている。
こうした状況では、情報の量ではなく扱い方が競争優位を左右する。当社では、組織内部のオープンな連携によって情報を創造へつなげること、すなわち情報源をデザインすることが求められると考えている。
その設計は、階層ごとに押さえるべき点が異なる。経営層は外部環境の変化を捉えて変革の意思を明示し、同時に内部の声を引き出す。ミドル層は学習ハブとして外部の変化を見極め、時に経営層を動かす。若手層は、既存の方法論に染まっていない強みを活かす。
第4のマインドセットは、事業を取り巻く外部環境を統合的に捉える視点だ。
近年はESGへの配慮が求められ、政治や経済、社会、技術といったマクロの動きと、競合や新規参入、代替品といったミクロの動きを、あわせて見る必要が生じている。目前の業績に囚われていては、大きな変化の流れに翻弄されてしまう。
大局観を持つには、自社の存在意義や社会的使命、重視する価値観といった哲学的な問いが欠かせない。これらに唯一の正解はないが、ステークホルダー全体の利益を最大化する複数の最適解は存在する。
つまり、激動する外部環境と多様な関係者を変数に持つ最適化問題が、経営者に突きつけられている。この難題を解くうえで、生成AIは経営者の右腕となる。当社では、情報オーバーロードを制御できる企業にとって、この状況はむしろ追い風になると考えている。
第5のマインドセットは、実行の速度を優先し、失敗から素早く学ぶ姿勢だ。
生成AIの領域では、綿密な計画を立てる間に前提条件が変わってしまう。長期の検討に時間をかけるほど、判断が陳腐化するリスクが高まる。小さく早く試せば、仮説検証の母数が増える。
失敗の絶対数は増えるが、学習の速度が上がるため、最終的な成果は大きくなる。加えて、早い段階で見切りをつける習慣は、既に投じた費用を惜しんで不合理な判断を続けるサンクコスト効果を抑える働きも持つ。顧客が求めているのは、精緻な計画ではなく価値の継続的な提供だからだ。
なお、速く動くほど判断の軸は必要になる。3年後から5年後に人とAIがどう役割を分担しているかという未来像を描き、そこから逆算して今期の投資と組織づくりを決めるバックキャスティングの発想が、変わらない指針となるだろう。
AI資本は、ツールを導入するだけでは蓄積されない。AIが機能するように組織そのものを組み替える必要がある。ここでは、そのために欠かせない5つの要素を紹介する。
第1の要素は、目標設定と意思決定をAI前提で組み立て直すことだ。
AI活用が成果につながらない企業では、経営目標とAIの利用実績が切り離されている。ツールの利用率や処理件数は報告されるものの、それが経営にどう貢献したのかを説明できない。これを避けるには、経営目標から経営課題、AI活用テーマ、そしてKPIまでが一本の鎖としてつながっている必要がある。
例えば、製品企画の探索速度を2倍にするという経営課題があり、そのために技術調査へAIを適用し、調査完了までの日数をKPIに置く、といった連結だ。このときKPIを、回答精度のような技術指標だけで設定してはならない。時間短縮や売上の増加、リスクの低減といった経営指標まで落とし込む。
当社では、現場の改善も勘と経験ではなくデータと検証で回す文化を醸成することが不可欠だと考えている。
第2の要素は、データを個別の業務記録ではなく、全社で共有される資産として管理することである。
AI資本の土台はデータであり、その品質と可用性が成果の上限を決めてしまう。まず取り組むべきは、社内に散在する暗黙知やノウハウを、可能な限り言語化しデータ化することだ。そのうえで特定の部署に閉じた状態を解消し、誰もが利用の可否を即座に判断できる状態を整える。
そのためには、メタデータや権限、品質、更新頻度、出典、利用条件を明確にし、可視化しておかなければならない。さらに生成AIを前提とするなら、参照元の記録、根拠の提示、利用ログの保存を設計段階から組み込んでおくべきだ。なぜその回答が出たのかを後から説明できなければ、業務で使い続けることはできない。
第3の要素は、業務を分解し、人とAIの担当範囲を定義し直すことだ。
生成AI導入で最も多い失敗は、既存の業務をそのままAIに渡してしまうケースである。これは順序が逆で、先に仕事と責任を分解しなければならない。分解の観点は5つある。
まず入力として、何を材料とし、どのような前提と制約があるかを定める。次に処理として、分類や検索、要約、草案作成、検証といった作業を洗い出す。そのうえで判断として、それぞれの工程で誰が責任を持つかを決め、出力として形式と根拠、承認フローを固める。
最後に例外として、想定通りに進まない場合の対処を用意しておく。この分解によって、資料作成という粗い単位の業務が、論点抽出や根拠収集といった粒度に分かれる。同時に人の役割も、作業者から監督者へと変わる。当社では、この役割の移行こそがAI資本経営の中核だと考えている。
第4の要素は、ガバナンスを禁止事項の集合ではなく、安全に前進するための仕組みとして設計することだ。
前述のとおり、禁止を積み上げる運用は非公式利用を招き、かえって統制を失わせてしまう。そのために揃えるべきものは4つある。
1つ目は、機密情報や著作権など何を守るかを定めるルールだ。2つ目は、入力制御や出力制約、権限制御によってルールを守れる形に落とし込むガードレールである。3つ目は、安全テストや根拠の一致確認によって遵守状況を測る評価にあたる。そして4つ目が、ログやアラート、審査会、インシデント手順によって継続的に担保する監査と運用だ。
当社では、ルールを定めるだけでは不十分であり、残る3つが揃って初めて仕組みとして機能すると考えている。ルールだけを整備した状態は、現場から見れば禁止事項が増えたことと変わらない。
第5の要素は、導入後に使い続けるための運用体制である。
AIは導入して終わるものではなく、モデルの更新や不具合が起きても止めずに改善し続けられる体制が求められる。この仕組みはLLMOpsとも呼ばれる。運用は5つの系統に分けて設計する。
変更管理では、モデルやプロンプト、検索設定、データソースの変更を記録し、追跡と復元を可能にする。評価では、変更によって品質が上がったか下がったかを事前検証と実運用の両面で測る。監視では、失敗率や根拠の不一致、応答の遅延、コストを検知して警告する。データ運用では、文書の更新や重複の排除、権限管理を行い、回答の依存元をたどれる状態を保つ。そして組織設計として、現場にAIアンバサダーを置き、部門横断での重複開発を防ぐ。
当社では、この5系統を整えて初めて、AIは継続して使える経営資源になると考えている。
AI資本経営に適した組織と従来の組織の違いは、職種の構成に最も明確に現れる。ここでは、新たに必要となる5つの職種を紹介する。
なお、これらが増えても従来の中間管理職が不要になるわけではない。進捗の可視化が進むぶん、ファシリテーションの側面がむしろ重要になる。当社では、5つの職種は肩書きとして新設せずとも、役割として誰かが担っている必要があり、不在であること自体がリスクになりつつあると考えている。
組織構造を変えても、それを動かす運営の仕組みが従来のままでは、AI資本経営は定着しない。ここでは、リーダーシップと評価、人材育成、企業文化という4つの観点から要点を紹介する。
AI資本経営において、最も大きく変わるのはリーダーの役割だ。従来のリーダーが指示を出す立場だったとすれば、これからのリーダーはコーチに近づく。
心理的安全性を確保しながら、成果を挙げるための障害を取り除くスタイルが求められる。この変化が必要になるのは、AI活用が試行錯誤を前提とするからである。何が有効かは事前には分からず、実際に試して初めて分かることが多い。
失敗が責められる環境では、現場は安全な既存業務にとどまり、新しい使い方は生まれない。だからこそ、実験を許容する方針を明示することが土台となる。そして、コーチ役としてのリーダーが信任を得るために欠かせないのが、自らAIを使いこなす姿を示すことだ。使ったことのない人物が活用を促しても、現場は動かない。
リーダーシップの変化に合わせて、インセンティブ設計も見直す必要がある。大きな変更点は2つある。
1つ目は、個人評価からチーム評価への移行だ。売上のような従来型の個人指標も引き続き重要ではあるが、品質や顧客体験といった提供価値に関わる指標が加わることで、成果はチーム単位で捉えるほうが実態に合うようになる。工数削減や知識の再利用など、生成AIがレバレッジとして働く要素も、チーム評価に適している。
2つ目は、評価基準が時間から価値創造および提供へ移ることである。AIが処理を担う以上、費やした時間を成果の代理指標とすることは意味を失っていく。なお、こうした指標は事前に定義しておかなければならない。金銭的な指標に加え、意思決定のスピードに紐づいた指標を設定することが重要になる。
人材育成は、二層構造で設計する必要がある。
第一層は、全社員を対象とした基礎知識の習得だ。プロンプトの書き方といった活用法だけでなく、生成AIの仕組みと限界という理論面まで押さえておくと、運用の柔軟性が高まる。加えて、事実確認の方法やセキュリティ、職業倫理といったリテラシー領域も、生成AI時代に合わせて更新しなければならない。
第二層は、選抜を伴う専門人材の育成である。業務の自動化を設計する人材やAIオーケストレーターを担う人材は、将来的に組織の中核を占める存在になる。一般的な研修とは別に、専門プログラムを用意すべき対象といえる。ここで留意すべきは、育成の時間軸だ。問いを立てる力、意味を与える力、責任を担う力は一朝一夕には鍛えられない。当社では、人材育成の時間軸を従来より長く設定し直す必要があると考えている。
AIが経営と現場に深く入り込むほど、企業はスピードを優先するあまり自社らしさを見失いやすくなる。しかし、どれほど優れたAIを導入しても、文化を犠牲にしては本末転倒だ。むしろAIを使って企業らしさを強化したい。その鍵となるのが、ガバナンスとカルチャーの両輪である。
ガバナンスは、AIを管理するための規則ではなく、企業の価値観を守り抜く仕組みとして機能させる。成果の定義と意思決定の優先順位をあらかじめ明確にしたうえで、モデルの管理や品質、利用ルール、監査体制を整えていく。
一方カルチャーは、社員の日常のふるまいと組織の空気に根づくものだ。ないものは創る、多様な価値観を結合する、小さく早く試して失敗するといったスタンスを、標語で終わらせず、人材制度や評価、会議運営、リソース配分にまで反映させる。この具体化こそが、企業らしさを日常に根づかせる。
AI資本経営は、経営として目指す状態を示す考え方だ。成果へ結びつけるには、これを日々の業務に落とし込む手法が要る。その実装レイヤーにあたるのが、AIを前提に業務プロセスそのものを再設計するAI BPRである。
AI資本を構成するデータやナレッジは、業務が回るなかで自然に蓄積されるものではない。どの業務でどの情報を生み出し、どう構造化し、誰が使うのかを設計して初めて、資本として積み上がる。
そこで当社が着手点として推奨しているのが、テキストワークの領域だ。情報収集や資料作成、会議準備といった業務は、多くの企業で時間とコストを大きく消費している一方、顧客価値に直結しにくい。生まれた余力を判断や価値創造へ再配分できるため、転換を実感しやすい起点となる。
AI BPRの具体的な進め方や解決できる経営課題、導入のロードマップについては、以下のページで解説している。
AI BPRとは?業務・組織・意思決定を再設計する経営改革の進め方 AI BPRは、AIを単なる効率化ツールとして使うのではなく、業務・組織・意思決定の前提に組み込み、経営改革として業務プロセスを再設計する考え方である。AI資本経営は理論にとどまらない。当社は2024年5月、経済産業省とNEDOによるGENIACプロジェクトのもと、1,000億パラメータ規模の日本語・ビジネス特化型LLMであるStockmark-LLM-100bを開発した。汎用型LLMでは、日本語の機微や匠の勘に代表される専門知識を捉えきれないからだ。
そのうえで提唱しているのが、ERPをAI技術によって発展させたEKP(Enterprise Knowledge Platform)という構想だ。ERPがヒト、モノ、カネの流れを管理してきたのに対し、EKPは企業の知そのものを扱う。これを形にしたのが、製造業向けAIエージェントのAconnectと、データ構造化基盤のSATである。
例えば、NGK様ではDX推進統括部が中心となり、情報収集を全社で標準化して部門横断で共有できる体制を構築した。富士電機様でも研究開発の基盤として活用されている。いずれも、個人の経験に依存していた情報活用を組織の仕組みへ転換した事例だ。
AI資本経営は、生成AIツールを導入するだけでは実現できません。社内に散在する文書や暗黙知をAIが活用できる情報資産へ変え、業務プロセスにAIを組み込み、それを測定し説明できる仕組みまで整えて、初めてAIは経営資本として機能します。
ストックマークでは、情報の資産化から業務プロセスの再定義、組織づくりとカルチャー変革まで、専門チームが一気通貫で伴走します。AI活用を部門単位の効率化で終わらせず、企業全体の競争力へつなげたい企業は、ぜひご相談ください。