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AGCから学ぶ-知財から事業を生み出す技術経営

AGCから学ぶ-知財から事業を生み出す技術経営

VUCA時代と呼ばれ、急速な変化と先行きが予測しにくい昨今の状況において、今後、企業の存亡と成長を期待するのであれば、新たなコンセプトを生み出し、形のないアイデアから価値を創出することが必須である。つまり、自社の持つ技術(強み)や知識をマネージメントし、効率的に新しい製品やサービス、事業に結びつけていく、技術経営が求められるのだ。

企業独自の技術を経営資源と捉え、細分化、複雑化する新しい技術や顧客ニーズにどのように結び付けていくか。今回はAGC株式会社で情報システムセンターのセンター長や知的財産部の部長を務められ、現在は技術本部 企画部のパートナーとして「データ駆動型研究開発」を推進し、役職定年後は副業として新規事業創出のゼミ「BUILD」のコーディネーターや中堅企業のDX支援をしておられる神庭基氏をお招きしてお話を伺った。

※当記事は2021年3月25日に開催したオンラインセミナーの内容をもとに作成しています。

重要なのはKPIなどの数値よりも情報

神庭氏は1982年に旭硝子株式会社(現AGC株式会社)に入社し、フッ素樹脂の研究で活躍。その後、BtoC やEコマースの先駆けとなる新規事業を立ち上げるという経歴を持つ強者だ。現在もAGCに所属し、研究、営業、IT、知財、新規事業等の長年かけて得た様々な知識と経験を活かし、同社の“攻めのDX”に貢献し続けている。

神庭氏の考えは「デジタルを武器にして、出来るだけ速く、そして確実に、目指すべき新製品を開発するための技術経営を実現する。それがR&Dや技術研究所のDX」だそうだ。事業ポートフォリオを自社にとって最適な状態にし、世の中の変化に合わせて新規事業を生み出していくためには、アイデアをたくさん出し、そして顧客に新しい価値を提供していく必要がある。

このサイクルを速く回してくれる存在がデジタルだ。ただし、思い付きの容易なテーマやアイデアではなく、クオリティの高い物を出していく事が肝心で、「“創出”する部分に力を注ぎ、技術経営の大事な一部とすべき」だと言う。

そして、未来志向からのバックキャストで創出されたテーマについては、アイデア創出から市場投入までのプロセスにおいて考えるべき重要なポイントは、売上や利益ではなく、またはKPIやFSでもなく、経営者や会社の“想いや方針”と本人の熱意なのだ。“手段”にフォーカスしてしまうと失敗してしまう。重要なのは数値よりも情報だ。未来を考えるとき、まずは仮説を作り、そしてその仮説を裏付ける情報を得ることで後押しされる。

恐るべき力を発揮する、人間の“妄想力”

未来予測はAIには不可能だ。それこそ「人間にしか出来ない“妄想”」が成せるものだ。神庭氏は、副業として仲間と立ち上げた人材育成のゼミである「BUILD」においても、この“妄想力”を育てる講座を行なっている。単に妄想すると言っても、「技術やノウハウが…」や「こんなのは無理だ…」など、どうしても脳内を彷徨いがちなできない理由を排除しなければいけないので、かなりのパワーを要する。未来志向のアイディアを創出するためには、自分の思い描く理想の価値やサービスを想像し、「ビジネスになる、新たな価値を社会に提供できるのでは?」と常に“考えるクセ”を付けていくことが必要だと神庭氏は言う。そしてこの“妄想”はAIにはできないことなのだ。

いくらAIと言っても、人間が一生懸命に考えるという行為にはまだまだ敵わない。さらにこの一生懸命考えることが、“少しだけ良い程度の事業”から脱却して、会社が持続的に成長していく、さらには未来にも繋がる事業を生む。

しかしそういったスタンスは、既存の保守的で現実的な企業には通用するのだろうか。神庭氏は「これまで、許容できる人間は少なかった」と言う。新しいことを提案しても、上から否定され、やる気を削がれてしまう…。

果たして、社員のやる気を解放させる術として、やる気を削ぐような人材を遠ざけるなどのような人事異動ではなく、個人としてできることはあるのだろうか。神庭氏曰く、やる気を解放させる術とは「仲間作り」と「忘却力」だそうだ。新たなことに挑戦できる仲間と対話し、励ましあい、やる気を削ぐ意見を脳の奥に沈め、忘却させることが大事である。

さらに、未来志向のアイディアを創出するためには、妄想の練習をすることが必要である。彼自身、妄想の練習をしているという。

具体的には日常的に“疑問を持つ”クセを付けることだった。街を歩いていたりネットサーフィンしたりしている過程で何かを目にしたときに「なぜこの状態なのか?」「なぜこちらは他と違うことをしているのか?」と投げかけてみるのだそうだ。そして次に、その疑問を解決するための“仮説”を自分なりに立てる。仮説をいくつも立てた結果、意外な場所から結論が導き出され、頭にすんなりと入って来ると言う。

“問い”を検証するための情報収集と分析の視点と重要性

単に疑問を持つだけで終わってしまっては意味がない。繰り返すが、問題提起して終わりにするのではなく、最終的な解決策を導き出すまでの訓練を積まなければならない。新しいことを考えるコツは、目標に対する仮説を複数の観点で立て、仮説を元に情報収集を行うこと。仮説がないと、情報の波にのまれてしまい、どのような視点で分析したら良いのかが分からなくなりやすい。

神庭氏によれば「仮説を立てた上で調べていくと、バラバラな情報が最後にはまとまって来る。だから仮説が大事だ」と言う。では、どのように立案した仮説を検証するべきなのか。どのような情報を集める必要があるのだろうか。

まずは「意外なプレーヤーが潜んでいないか」や「変化の兆しは何か」などの問いを立てる。

その上で、展示会情報や企業情報などのマクロな場所から情報を取得してくるのか、それとも企業研究書籍や専門家オピニオンなどのミクロなところから取得するのか、問いごとに取得すべき適切な情報源をマトリクス図のように当てはめて考えていくことが大事。そのマトリクス図に沿って、情報を調べて、間違っていたり、腑に落ちなかったら、戻ってもう一度考え直す、の繰り返しを行なっていく。

この作業は思考を要するため、かなり大変な作業ではある。さらに、競合の情報や新技術の情報、論文などの情報もネットで取得できるようになり、WEB上の情報を駆使することで新しいアイデアのタネとなることは確かであるが、旬な情報を効率的に取得していくことも、なかなか労力がかかることだ。しかし、他者よりも常に一歩先んじるためには避けて通れない道なのである。そのためにはAIや自然言語処理などのテクノロジーを駆使したツールを活用して、情報収集や分析にかかる時間を、思考する時間に割り当てるようにする工夫も重要だ。

用途探索のポイントは”抽象化”

さて、自分のアイデアから生み出した商品やサービスの“新しい使い道”、いわゆる用途展開や用途探索でつまずいてしまう場合も多いだろう。そこから脱却するための方法にはどのようなものがあるのだろうか。その方法として神庭氏は「どんどん抽象化していく」ことが大事だと言う。脱却できない原因として、“抽象化して思考できない”ケースが大きいという。先ずはその商品の機能を洗い出し、次にそれらを言葉で表現してみる。その言葉を特許やAIなどの分析ツールなどを利用して調べるとヒントになるそうだ。たとえば神庭氏の場合は、以前手掛けていたフッ素に関して、「水を弾く」「長持ちする」「光を通す」「光を通さない」「密着する」などのキーワードを選んだという。

ここでポイントになるのが「選ぶ言葉はざっくりでかまわない」ということだ。逆に、細かいスペックに絞ってしまうとうまくいかないそうだ。機能を“動詞”で表すことも新しい切り口でヒントを見つけるポイントになる。

事業を生み出すための知財部の役割

新たな事業創出の実現のためには、具体的にはどのような事が必要になってくるのだろうか。神庭氏の経験からすれば、自社内外にかかわらず人材交流が“必須”とのことだ。もちろん、ネット上にも溢れんばかりの情報はあるが、”人間同士の会話の中で生まれる新しい知恵に勝るものはない”のだ。

開発の場において、知財部の人間は“知財の観点”から専門的な情報をポジティブに提供し、より良い方向にテーマが膨らんでいくような軌道修正の役割も必要だと言う。そのような“良い流れ”を作っていくためには、知財部がそういった場に絡めるような仕組み作りや、トップやキーパーソンが知財や技術に対する理解を深めることが必要とされるところである。

AGCの持つ柔軟性と先進性

神庭氏が所属しているAGCは、どのような社風なのだろうか。神庭氏によれば“新たな挑戦に対する受容性を高くしようとしている会社”とのことだ。画期的なアイデアが出された場合も、簡単に「不可能」と切り捨てることなく、話を聞き、ポジティブな議論ができる社員の割合も高くなってきていると言う。

AGC社の新しいアイデアの実現に向けての取り組みは、まずは実現可能な仮説を立てて、その後、必要であれば自社に不足している部分について共有でき、ウインウインの関係になれる会社を探すことだと言う。

「会社としての視点で言えば、なんでもかんでもオープンでやれば良いというものでもなく、それではむしろうまくはいかない場合が多い。自らの足らない部分、自分たちが守るべき部分を事前にちゃんと決め、双方にとってウインウインの関係になるのが大前提である。バリューチェーンが違うところで市場を広げようとしている相手を選ぶのもポイントだ。さらに個人としての視点で言えば、お互いのキーパーソン同士の気が合うか合わないか。ポジティブな会話ができるかどうかも結構大事な要素だ」と神庭氏は言う。

さらに、新しいアイデアの創出の段階で、コンペティターにならない人たちを集めて議論を交わし、その場で実際にアイデアを作るということも行っているそうだ。オープンイノベーションの取り組み方も“進化”しているのだ。

“一歩だけ”踏み込んだ先に見えてくる可能性。そして成功

このコロナ禍によってリモートワークの頻度も高くなり、なかなか意思の疎通が難しい状況に置かれ悩んでいる人も多いかもしれない。しかしそんな場合でも、たとえばチームを作るなど、出来るだけ孤独にならずに、色々な意見をシェアし合い、評価し合うことも大事だ。

神庭氏は「オープンな場で、勇気をもって発言していく。それがこれからの大事な文化となっていくのではないか」と言う。妄想し、仮説を立て、抽象化し、調べ、そして答えを発見する。時には大勢で共有し、さらにブラッシュアップさせていくのだ。

神庭氏は最後に、「そのためにも先ずは “変化の兆し”に気付く。そして気付きだけでは終わらせず、明日のための一歩を踏み出して欲しい。協業してくれる仲間、相談に乗ってくれる意思決定者が必ずいるのだから」と結んだ。

まとめ

今回は神庭氏に、新たな事業を生み出していくためのポイントをお伺いした。
・妄想するクセを付け、様々な事柄に疑問点と仮説を立てる
・立てた仮説をAIなどの分析ツールを用いた効率的な情報収集によって昇華させる
・まとめた考えに人同士の対話によって別の視点を加え、新しいアイデアを生み出す
・自社で不足している部分は他社と協働する

いきなり新事業を考えたり、斬新なアイデアを出すのは難しいことだ。まずはあらゆる事に興味関心を持ち、生まれた疑問から仮説を立て、その仮説を元に情報収集をして答えを探してみることから始めてみてはいかがだろうか──。