2024年以降の半導体市場の見通しは?需要や各国の動向について
製造業
日々進化を遂げるデジタル技術。
その波に後れを取らないよう、デジタルトランスフォーメーション(以下、DX)による顧客の生活の質の向上に多くの老舗企業が取り組み始めている。創業以来100年間にわたり、バイクやコンパクトカーの市場を支え続けてきたスズキ株式会社(以下、スズキ)もその例外ではない。そんなスズキのDXへの取り組みや今後の展望についての考えなどを、デジタル化に率先して取り組んできた人物であるIT本部IT基板部DX推進グループのマネージャーである長瀬謙悟氏に伺った。
※当記事は2021年6月15日に開催したオンラインセミナーの内容をもとに作成しています。
目次
スズキによるこれまでの販売法といえば、メーカー→販売代理店→販売店→顧客という“業者販売”の形で行われてきた。そういった販売スタイルを“デジタル化”させるとなると、あまりにも漠然としていて、なにをどうすれば良いのか分からないという思いが最初に出てくるのではないだろうか。
長瀬氏は「企業が業務のデジタル化やDXなどに取り組むとき、その目的は効率化やコストダウンなど、メーカー、販売代理店、販売店側の都合、つまり“企業中心“になりやすい。置き去りにされがちだが、本来は“顧客に最高の体験を提供すること”こそが目的である」と言う。顧客が満足しない活動は、最終的に企業にとって有益なものにならないからだ。企業がどれだけ無駄を省くことに成功したとしても、それによって顧客にメリットがなければ、最終的には顧客自体が離れていく…という本末転倒な結果が待ち受けている。
それではDXとは言えないと長瀬氏は力説する。”顧客(お客様)の立場になって価値ある製品を作ろう”が基本である。これはスズキが中核としているスローガンでもあるのだ。お客様の立場で徹底的に考えるのであれば、顧客中心に流れを考えなければならない。顧客への最高の体験を提供するには販売店の顧客応対が重要で、販売店の最高の接客をサポートするには代理店を動かす必要があって、そのためにメーカーとしてのスズキが何をしていかなければならないのかという方向性で考える必要があると言う。
スズキの業者販売というスタイルのビジネスモデルについて長瀬氏は「スズキは農家と同じ。畑で作った野菜をJAに卸したら、それで業務は終了。その先、売った商品がどこのレストランで、どのような顧客に、どのようなメニューとして提供されているかを見ることはできない。」と説明する。顧客との接点がないという、ひと味違うスタイルなのだ。
しかし、インターネットとスマートフォンの普及により消費者の行動が大きく変化した。多くの顧客が検索により、直接スズキのWebサイトにアクセスしてくるようになった。今まではWeb上である程度の情報はあったものの、それはあくまでも参考程度であり、顧客は実際に販売店に足を運び、スペシャリストと対面で相談しながら購入を決めていた。しかし現在は、顧客が商品を検索し、下調べした情報をもとに比較検討した上で店舗に来訪してくる時代になった。そのため、デジタル世界でしっかりと接客できるようにしていかないと、購買の意思決定に入り込めないという事態が生まれたのだ。これがスズキの直面した営業のデジタル化という大きな課題であった。
消費者行動の変化という背景のもと、営業のデジタル化の波が押し寄せてきていたわけだが、新型コロナ感染症の拡大によりさらに重要性が増すようになった。同業他社もECやWebに力を入れる中、差別化はどのように行うべきなのだろうか。
長瀬氏は「すでに各メーカーの住み分けが完了している現在、デジタル上でいきなり路線を切り替えることはほぼ不可能に近い。得意分野で勝負することが大事だ」と言う。
あくまでも、自分たちがこれまで展開してきた得意分野、いわばユニークだったりニッチなポイントを、そのままいかにデジタル上で再現していくかが一番重要とのことだ。スズキといえば、強みはコンパクトカーや軽自動車だ。Web上でいきなり高級路線にしても意味がなく、逆に顧客離れを招いてしまう。自社の強みと顧客の求めていることが一致している必要がある。
デジタル世界において、顧客は実際にどのような行動をとっているのか。長瀬氏の分析方法はこうだ。
製品に対する理解度:
・Entry:初心者、製品をまだ知らない
・Middle:ある程度製品を理解し始めた
・High:車好き、マニアックなレベルまで熟知している
製品に対する購入意欲:
・Cold:ほとんど興味がない
・Warm:ちょっと気になってきた
・Hot:今製品が欲しいと感じてきた
この分布を縦横9マスの図で表す。
一般的な顧客の大部分はEntry – Coldの周辺に密集しているという。そして、メーカーが出している製品情報の守備範囲は、Middle – Hot周辺に意識が到達している顧客と一致するような情報だ。そのため、ある程度購入意欲の高まった顧客がホームページの製品情報を見ることで、実際に車を見てみたいという欲求のきっかけになり販売店への送客につながる。このパターンは顧客のニーズとホームページの情報が合致していると言える。
しかし、あくまでも大きなボリュームゾーンはEntry – Coldのため、このゾーンにいる顧客をMiddle – Hotに変化させることが、現在の重要課題となっている。そのためには顧客の興味・関心などの理解を深め、欲している情報を提供しなければならない。たとえば、単に製品情報を載せるだけではなく、Entry – Coldに位置する顧客の興味や関心を育成し、態度変容したタイミングで、最終的にHotへと導くためのルートを作る必要がある。
「デジタルの世界になると途端に顧客像が見えなくなりがちだが、自らのサイトに訪れる“Unknown”な人々について、まずペルソナを作り込んで理解することが必要だ」と長瀬氏は語る。長瀬氏は営業部門と連携をとり、デジタルマーケティングの基礎としてデザインシンキングから始め、潜在顧客の調査や、ペルソナへの落とし込み、顧客の行動や思考パターンなどを見える化するカスタマージャーニー構築など顧客理解のための取り組みを徹底的に行なったと言う。それにより、今まで思っていた顧客像と現実のズレや、求められる接客内容などの本質の部分が見えたそうだ。
こうした取り組みから2020年にフルモデルチェンジした4代目ソリオの紹介ページは、既存の難しい製品スペック重視で真面目な文章解説スタイルから、動画を含んだ視覚的に理解しやすいスタイルとした。まさに“顧客中心“が一つの形になったものなのだ。長瀬氏によれば、顧客主体のわかりやすさに重点をおいたページは、アクセス数の増加や閲覧ページの増加というような、ホームページ上でのアクションに変化があったと説明した。
歴史があり、かつ旧態依然とした社風も残っている大企業において、大きな変化を起こすことはかなり大変な作業となるはずだ。果たして長瀬氏はどのような取り組みを行なったのだろうか。
長瀬氏によると、通常なら見落としてしまったり、そのまま流してしまったりするような小さなことを深掘りしていったと言う。上司や周囲に煙たがられることを怖れて追求することを諦めてしまったら、問題点や改善のポイントが隠れてしまう。
「問題点や不満、苦情のようなところにこそ本質が隠れているはずなのに、周りを気にして”大人の理解”として目を閉じてしまって見えなくなっているだけ」と長瀬氏は言う。そのような考えのもと、遠慮なく問題を噛み砕いていくうちに、改善の根拠となるものが見え始め、ある程度の形と結果が見えるまで小さくコツコツと突き詰めることで、周囲の理解が得られるようになったそうだ。
いままで存在しない業務にチャレンジするということは、絶え間ない努力が必要になってくる。長瀬氏の活動は、社内にアセットやノウハウがほぼない状態で始まった。そのため、勉強会でもセミナーでも、自らの足で回って数多くの学びの場を得ることをしたと言う。セミナーなどに参加した場合も「講師の言葉を一文字たりとも逃すものか。100%でも120%でも吸収してやる」という意識でメモを取っていたそうだ。そして、それを会社に持ち帰り、自社で出来ることを考え、徐々に目標実現の目途を立てていった。それによって、必要なものと不要なものが自然と明確になっていく。そして今後の活動で有効なものを取りまとめて、社内のメンバーに対して情報共有活動を積極的に開催した。このように社外の情報や最新のトレンドなどを情報のシャワーのように浴びせる活動を繰り返していくことで、次第に営業のデジタル化に対する空気感の醸成が出来てきたと言う。
必要だと思って巻き込んだ人の中にも、なかなか火がつかない人もいる。確約された結果が見えない中で変化を起こそうと行動することは、かなりの勇気と労力が必要だ。しかし、いきなり大きなものを目指す必要はない。長瀬氏は「たとえ企業の中であったとしても、ほんの数人レベルの小さな規模でかまわない。多くの人の理解を得ようとしたり、仲間にしようとしたりしても膨大な時間を浪費してしまう。当面は共感してくれる少数精鋭でやっていくことがひとつの道だ。スモールでいいので始めることが重要。」と語った。長瀬氏も最初は小さなワーキンググループだけで進めていき、徐々に波を大きくしたのだ。組織や人の行動、考え方というのは、なかなか一朝一夕では変わらない。泥臭いながらも少しずつ作り上げていくことが大切なのだ。
今回は長瀬氏に、
・企業中心のDXから顧客中心のDXへの変換の重要性
・消費者行動の変化による営業や接客のデジタル化の必要性
・いかにしてデジタル上でお客様毎に最適な情報提供できるようにするか
・他者の巻き込み方と組織作りにはまず情報の共有が必要であること
など、老舗の大企業の中でDXを進めていくポイントをお伺いすることができた。
まずは情報を出来るだけたくさん集め、精査した情報をもとに、今後自社に必要なことについて仲間と話してみることから初めてみてはいかがだろうか──。