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【イベントレポート】ものづくり産業を牽引する2社が進める。デジタルを生かしたビジネスモデル変革

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ビジネスモデル変革において、デジタル技術の活用が必須であることは言うまでもない。しかし、全社的にデジタル技術を取り入れDXを進めるためには、社員と経営層の理解やデジタル人材の確保などが必要不可欠である。DXを着実に進めながらビジネスモデルの変革に邁進している企業は、このような課題にどのように立ち向かっているのだろうか。また、どのようにして新規事業の芽を見つけ育てているのだろうか。

今回は、旭化成株式会社(以下 旭化成)のデジタル共創本部を率いる久世氏と、中外製薬株式会社(以下 中外製薬)のデジタル・IT統轄部門でトップを務める志済氏を迎え、トップランナー企業のDX推進や新たな価値の生み出し方について、その要点を伺った。

※当記事は2021年11月10日に開催したオンラインセミナーの内容をもとに作成しています。

 旭化成が目指すDX――”デジタルノーマル”への道のり

旭化成のDXに向けた取組みは2016年以前から開始され、400以上のデジタルプロジェクトが進められている。当時は、生産製造部門と研究開発部門で、取り組みが始まったが、現在では、マーケティングや営業などの他部門にも広く展開されていると言う。目下の目標は、新しいビジネスモデルへの変革や、新規事業の創出、無形資産の価値化などだ。最終的には”デジタルノーマル”として、全社員がデジタル技術を当たり前に活用する企業を目指すと言う。

同社はこのロードマップを達成するためには、”人”、”データ”、”組織風土”が重要だとしており、これらに関わるさまざまな取り組みを行っている。その取り組みのひとつである『DX Vision 2030』の策定はDX戦略の要である。DXビジョンの策定には、さまざまな部門のメンバーが携わり、経営層から現場の社員による半年以上の議論やセッションの結果、多くの思いが込められたと言う。「DXビジョンで強調しているのは共創だ。会社内での部門の壁や、企業間の壁を越えていかなければ、新しいビジネスモデルや新規事業の創出は達成できない」と久世氏は言い添えた。

 中外製薬のDXが目指すもの――創薬プロセスの変革、そして新たな価値の創造へ

創薬には10年単位の長い時間がかかる。しかも何段階ものプロセスを経る中で臨床試験をくぐり抜け、承認まで至るものは10分の1程とごくわずかで成功確率は非常に低い。一方で開発費は年々劇的に増大している。総じて創薬の生産性が下がる中で、AIを活用し期間の短縮や費用の削減、成功確率の向上を図る動きや、ヘルスケア産業を取り巻く変革の動きをいち早く取り入れ、製品価値の向上を目指していきたいと志済氏は語る。

こうした背景のもと中外製薬では、2021年に『TOP I 2030』という成長戦略を発表した。R&Dのアウトプットを倍増させること、毎年グローバル製品を市場に発表すること、世界最高水準の創薬を実現する事業モデルを再構築することなど非常に高い目標を掲げ、DXをキードライバーの一つとして捉えられている。

2020年に発表した『CHUGAI DIGITAL VISION 2030』では、デジタルを活用した革新的な新薬創出をコア事業と位置付け、このコア事業を支える戦略として、すべてのバリューチェーンの効率化とデジタル基盤の強化をあげている。新薬の創出では、AIやデータの活用、デジタルバイオマーカーの開発を目標とし、バリューチェーンでは、臨床開発チームや工場、MRを中心とした顧客インターフェースの効率化を目指す。デジタル基盤の強化は、クラウドベースとしたITの基盤の強化だが、組織構築やデジタル人材の育成、アイディア創出の促進も含めて活動していると言う。

 DX推進の土台①:要となるデジタル人材とは

 旭化成ーすべての社員をデジタルが活用できる人材へ

旭化成はDXを全社で展開する上で、すべての社員がデジタルの正しい知識を持って活用できる”デジタル活用人材”となる必要があると考え、『デジタル人材4万人育成プログラム』を打ち出している。オープンバッジというグローバル標準のデジタルスキル認証プログラムを活用し、全社員に5段階のうちのレベル3まで取得するよう促している。2021年4月に開始した時点で、任意取得であるにもかかわらず、国内社員3万2千名のうち半数がレベル1を取得したと言う。

AI、IoT、IT、アジャイル開発、デザイン思考など、一般社員にも、その本質や目的が、簡単に理解できる教材は、世の中になかったので、デジタル共創本部のメンバーで独自に教材を作成し提供した。レベル2に含まれるデジタルマーケティングやRPAなどについても同様のアプローチをしている。さらに、現在ではレベル3の教材としてハンズオンによる実習形式の一部取入れも検討中とのことだ。仕事上でも日常生活でもデジタルスキルが必要不可欠だという認識の広がりもあり、現場社員の受講率は非常に高く積極的なのだそうだ。

一方、”プロフェッショナル人材”として、データサイエンティストやデータ分析エンジニア、さらにビジネスイノベーターなどデジタル活用を専門的に行う人材を現場に近いところに配属し、その役割に応じた人材育成に取り組んでいる。例えば研究開発では、マテリアルズ・インフォマティクスを活用するために、データサイエンティストの育成を4年前から始め、これまで、約700名が受講している。同様に、生産製造では、データ分析エンジニアの育成を実施しているが、こちらも現場の実課題を解決することで、専門スキルを習得することを目指している。

しかし、デジタル人材は全体的に不足しており、特にアジャイル開発の推進ができる人材は少ないと言う。できる限り内製化を目指すとしても、外部IT企業に頼らざるを得ない部分がある。そこで、同社ではIT企業との新しいスキームによる連携や企業を越えた人材育成を検討している。

 中外製薬ープロジェクトをリードできるチャレンジ精神を持つ人材

中外製薬の成長戦略において、人材育成は中心的な施策である。中外製薬がデジタル人材として注力するのは、データサイエンティストとDXプロジェクトをリードするデジタルプロジェクトリーダーだ。デジタルプロジェクトリーダーの育成プログラムは、ブートキャンプやワークショップ形式で行われ、デザイン思考によるプロジェクトの企画立案やプロジェクトをリードする力を養う構成になっている。

同社の社員は研究職の割合が多いため、全体的なサイエンス力が高い。その能力に加え、カリキュラムの利用やデジタル情報を吸収することでリテラシーを上げ、それが全社的なデジタル推進力に繋がると考える。そのためITの導入や業務効率化だけではなく、人材育成や組織構築をDX戦略の土台として置いているのだ。社員の学びに対する意識はとても高く、スキルアップにチャレンジしたいという意欲もある。中外製薬では、そのような社員が能力を高めていける場や検定費用のサポートなどを積極的に提供する取り組みを行っている。

志済氏いわく、医薬品の業界はどうしても保守的になりがちだと言う。医薬品の開発には石橋を何度も叩いて渡るという姿勢が一般的であった。しかしこれからは、失敗を恐れずに挑戦するというマインドに、いかに変えることができるかが重要だと言う。特に新規事業の創出にあたっては、データサイエンスのスキルだけではなく、プロジェクトを企画したりリードしたり、新しい技術で何かを実現できる人材や、そのために豊かなアイディアや発想を持つことができる人を求めている。「外とつながりを持っていろいろなことができる人。そういうチャレンジ精神を持った人が、パイオニアとして活躍できるのではないか」と志済氏は付け加えた。

 DX推進の土台②:組織体制作りのポイント

 旭化成ーシームレスなデータ連携の実現と経営層との密な議論

旭化成では以前、本社直轄の組織としてIT統括部が配置され、さらに生産技術本部と研究開発本部のそれぞれのもとにDXを行う部署が置かれていた。企業全体の基幹系システムと新しいデジタルのアプリケーションはシームレスに統合され、データの連携が取れているべきという考えから、ばらばらに点在していた部門を久世氏率いるデジタル共創本部にまとめて配置する組織体制に再編成された。

また、旭化成ではデジタルプロジェクトだけで400から500のプロジェクトが動いているが、その中でもグループ全体にとって重要なものは、社長、領域担当役員、事業本部長、事業会社の社長など経営陣と個別に毎月、議論を行っている。その回数は年間で90回以上に達している。そのプロジェクトが事業にとってどのような意味があるのか、すぐに適用できるITやデジタル技術があるのか、期間はどれくらい必要か、データは揃っているのかなどを慎重に検討する。その過程が経営層やマネージャー層の学びにもつながっていると言う。

 中外製薬ー組織横断のDX推進のために

典型的な日本企業の例にもれず、中外製薬も従来は組織のサイロ化が強固であったと言う。横断的な組織への変革を目指して志済氏のチームが誕生し、そこにデジタル戦略推進部とITソリューション部が置かれた。しかし、そのような出島的組織だけでは十分とは言えず、全社的に取り組むために中外製薬でも経営層でのデジタル戦略推進会議を月一回実施している。CFOを議長、志済氏を副議長として、全ての本部長とデジタル施策に携わる社員全員が加わり、投資判断やポートフォリオの共有、プログラムの評価などを徹底的に議論しハイレベルな意思決定を行っていると言う。

一方で、デジタル関連業務をリードする能力があり職掌も近い人材がデジタルリーダーを担い、実務上の連絡、人材や予算の共有などの連携を行う。この経営層と現場に近いリーダーの2つの体制が、全社横断的にDXを推進する上で欠かせないものだと志済氏は説明する。

 新しい価値の創造――どのように生み出すのか

 旭化成ー社内外問わず連携を強化する取り組み

旭化成では、”旭化成ガレージ”という手法により、顧客や市場の視点を徹底的に追求するデザイン思考や、デジタルの強みであるアジャイル開発を進めており、そのための共創戦略推進部というチームを立ち上げた。「新しいことを行うためには、多様なメンバーで多くのアイディアを出し、発散と収束を繰り返す必要がある。共創戦略推進部は各プロジェクトをファシリテートし、旭化成ガレージを推進する役割にある」と久世氏は説明する。ビジネスモデルの変革や新たな価値の創造を目指し、各事業本部や事業会社と連携し、現在14件のプロジェクトが動いていると言う。

また同社ではサスティナビリティへの取り組みの一環として、プラスチックのリサイクルであるサーキュラーエコノミーのプロジェクトに取り組んでいる。プラスチックの回収企業や、回収したプラスチックを分解し素材にする企業、素材から容器を作るメーカー、その容器を使って販売できる製品を作るメーカーなど、さまざまな企業が連携している。こういった企業が対等の立場でアイディアを出し合えることが、新たな事業を進めていくために非常に重要であると久世氏は強調した。

 中外製薬ー社員の自由な発想やチャレンジを形にする仕組み

中外製薬では、デジタル基盤強化の取り組みの一環として2020年に設立したDIL(ディル、Digital Innovation Lab)で、業務改善や新しいビジネスのアイディアなど社員の自由な発想やチャレンジを形にする取り組みを行っている。1年間で150件ほどのアイディアが発案され、認められた企画には最長3ヶ月の予算が付きPoCを行う。中には本予算を獲得した企画もあるそうだ。提出されるアイディアには「海外企業との会議などの議事録をすぐ共有したい。日本語から英語にすぐに翻訳したい」、「遠隔地の研究所間で同じ化合物の解析を3Dを用いながらVRでできないか」、「デジタルバイオマーカーといわれる患者のモニタリングのツールを開発したい」、「がんの化学療法のいろいろな副作用があるなかで、外見を維持することをアシストしたい」など、業務効率化の必要性から生まれたアイディアや、闘病中の方の役に立ちたいという思いから生まれたものなど、さまざまな案が寄せられている。「本当に切実なものがいっぱい出てくるので選ぶのが難しい。解決が難しいアイディアもあるが夢はある」と志済氏は言う。

 まとめ

ものづくり産業を牽引する2社のDX戦略は、どちらも人材育成を重視するものだ。また組織体制としても、横断的な組織や多様なメンバーの繋がりを高める施策に取り組む。急速に進化を遂げるデジタル技術や世界各国の動きに遅れを取らないためにも、積極的に新しいものに触れ、試して理解を深めるという意識を持つことや、人材育成を行なっていく必要があると両者は言う。久世氏は、新しい技術が実用化されれば世の中がかなり変わるとし、企業としても変化を敏感に捉えられるよう注視する必要性を説いた。また志済氏は、DXを推進する組織が存在しないのがあるべき姿として、「そのような部署もあった」と振り返られればいいとDXの未来について語った。これからは、一人ひとりが数年先を見据えDXを自分ごととして捉え、主体的な行動を起こしていくことが求められているのだろう。

競争力を高める製造業DXとは