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製造業
住友金属鉱山株式会社は、現在「ニーズ志向型研究開発」に挑戦している。サプライチェーンの最上流に位置し、エンドユーザーと距離がある同社は、市場や顧客のニーズをとらえるためにどのような取り組みをしているのだろうか。
今回のセミナーでは、同社技術本部の技術企画部 担当課長 渡辺 章夫氏と電池研究所 主任研究員 東間 崇洋氏のお二人に「ニーズ志向型研究開発」を目指す組織が取り組んでいることや、取り組む中で生まれた現場での変化を伺った。
※この記事は、ストックマーク株式会社が2023年8月1日に主催したWEBセミナー『住友金属鉱山の挑戦-ニーズ志向型研究開発を目指す組織のリアルに迫る』の内容を中心にまとめたものです。
【登壇者】
渡辺 章夫氏
住友金属鉱山株式会社
技術本部 技術企画部 担当課長
慶應義塾大学在学中、在籍は工学部電気工学科の非線形光学材料の研究室であったが、もっぱら実験に使用するエキシマレーザーや色素レーザー発振器の設計組み立てに熱中した。修士課程修了後、住友金属鉱山に入社、電子材料研究所にて光導波路デバイス、光通信用材料・デバイス開発に従事中は、製品開発と並行して、自動評価装置や光学シミュレーションソフトの開発を行った。光通信用材料・デバイスの事業化とともに通信デバイス部に移り、通信バブルで事業の急拡大と急落、製造の海外移管などを経験した。2018年からは技術企画の業務に従事、新事業・新製品の調査企画を担当、ITを活用した新規テーマ探索の仕組み作りを模索中。
東間 崇洋氏
住友金属鉱山株式会社
技術本部 電池研究所 主任研究員
2012年 東北大学大学院を修了後、住友金属鉱山に入社。蓄電材料の研究開発に従事し、新材料の基礎研究や事業化を推進。材料研究開発に機械学習や計算科学を取り入れるため、北陸先端科学技術大学院大学にて情報科学技術を学び、博士号取得。
現在は材料開発を効率化するためのマテリアルズ・インフォマティクスの開発・基盤構築を推進している。研究開発と並行して、2022年に新規事業・新規研究テーマを創出するための部門横断型のワーキンググループに参画し、研究開発テーマの企画業務にも従事している。
目次
住友金属鉱山の創業は1590年(天正18年)と古く、400年以上の歴史を持つ。「世界の非鉄リーダー」を長期ビジョンに掲げ、鉱山開発・運営を行う「資源事業」、採掘した鉱山資源から高品質な金属素材を生み出す「製錬事業」、その素材に新たな価値を付加する「材料事業」を組み合わせた「3事業連携モデル」を展開している。東間氏は材料事業に所属し、資源事業・製錬事業が生みだした素材から二次電池向け正極材などの機能性材料を創り出している。例えば建造物を作る時、土台は建物全体の安全性を支える不可欠な要素となるが、製品づくりにも同じことが言える。一つの製品を生みだす土台となる”材料”の安全性や適応性、加工性などが高い水準でなければ、その材料を基にした製品も優れた品質を持つことは難しい。材料は、レンガのようにしっかりとした土台であることが求められるのだ。
その実現のためには、卓越した技術が欠かせない。社会環境の変遷に伴い飛躍的な技術の向上が生まれていく昨今において、社会課題や技術の進展を予測した上で新しい材料や新しい機能を創り出すことが重要である。つまり、イノベーションを起こし続けることが同社にとって注力すべきポイントなのだ。
渡辺氏・東間氏は、上記のような事業環境の変化を肌で感じる中で、今後の事業について危機感を募らせていた。
東間氏は材料事業で主にニッケルという元素を用いた研究開発をしているが、電池一つとっても、エネルギー供給の状況に様々な変化が生じているという。
「ニュースを通じても、開発者の視点からも、『状況が変わりつつある』との危機感を強く感じています。近年の動向を見ると、数年前の主流だった100%EV移行というアプローチが今後効果的でない可能性が高くなってきました。このままの分野で、既存技術の特性を向上させる研究のみを追求するのが最善なのか、それとも新しい方向性を模索すべきなのか、深く考えるようになってきました」そう東間氏は語る。
一方渡辺氏は、「地方の工場で新しく取り組めることの範囲としては、既存技術の用途展開が最大値です。新たな用途を考える上では、時代のニーズを理解し、それを実現するための技術開発が必須ですが、市場動向や顧客ニーズの解像度が低いため、上手くいかない。当社は400年以上続いてきた会社ではあるが、このような状況を目の当たりにして、このままでは今後40年ほどで滅びてしまうのではないか、と危機感を感じました」と述べた。
産業の最上流に位置する同社の場合、市場との距離もあるため危機感を感じにくい側面がある。また資源事業・製錬事業による強い稼ぎに頼ることもできるため、よりその傾向は強まるのだ。
危機感を抱くのと同時に、渡辺氏は顧客ニーズを正確に把握することの難しさを感じていた。多くの場面においてマーケティング情報とは「お客様が何を求めているか」を知ることだと考えられているが、それだけでは十分ではない。同社のようにサプライチェーン上流に位置する企業の場合、顧客ニーズや要望を正確に理解するためには、サプライチェーン全体や社会のニーズといった全体像を把握することが不可欠だからだ。
「単にお客様の言葉を受け取るだけでは、その要望が本当に社会的なニーズに基づいているのか、あるいは単なる「ないものねだり」なのかを判断することは難しい。研究者がお客様のところに行っても、その文脈を理解していなければ、小さな改善が将来的にイノベーションにつながるのかどうかの判断も難しくなります。お客様の言葉を単に受け取るだけでなく、その背後にある全体像を理解し、お客様がどのような事業を展開しているのか、どのような研究開発に関心を持っているのかを十分に把握し、その上で情報を収集することが重要です」と渡辺氏は話した。
「ニーズ志向で新規事業を生み出す会社でありたい」というビジョンをブレイクダウンし立ち上がったワーキンググループは、「社会課題を解決するために、研究員が自らやってみたい研究開発テーマの提案を行うこと」を目標に、実行のための3か年計画を立てている。メンバーの決定から導入教育、その後アイデア探索を始め、2年かけて探索テーマを提案して研究テーマ開発を始めるという形だ。今後20年先まで研究を背負っていく30代・40代前半を中心に、企画や事業部からの人員を加えた総勢20名ほどで活動している。
技術企画部に所属し、ワーキンググループの仕掛け役でもある渡辺氏は、「自ら未来のビジョンや研究開発テーマを描く人材を育成することが世界の非鉄リーダーを目指す上での欠かせない条件になると思っています。また、ゼロからテーマを考え、社会実装するための研究開発や研究所のあり方までをも考えられるような人材が、せめて5人に1人ぐらいは出ないと会社は続いていかないと考えました」と話す。だからこそ、最初のステップであるメンバーの選定が大切だと考えた。
メンバーの選定条件は、現状に危機感を抱いていること、自らやってみたいという「Will」の種を持っていることが不可欠である。本来業務に含まれないワーキンググループの取り組みを3年間実行し続けるには、原動力となる個人の意志が必要だと考えたからだ。
メンバー決定後の導入教育では、会社の技術やベースを知ることはもちろん、成功事例だけでなく失敗事例も紹介し、当事者のリアルな声を届けた。同じ会社で類似のテーマを研究している先輩からの話を踏まえた上で今後の体制やテーマを考えることができるのは、まさに生きた教育と言えるだろう。
普通はあまり人に話したくない失敗事例を初めて聞くことができ、自分がテーマ提案するにあたっての注意すべき点やこれからぶつかりそうな関門の姿が少し見えてきた、と実際にこれを受ける側であった東間氏は言う。たとえサクセスストーリーに見える事業テーマであっても、最初はやはり反対があったというような苦労面について知れたことも大きい。
東間氏が何より大切だと感じたのは「思いを伝えること」だ。まずは自分の思いを伝えてみることで、数字などは抜きに「面白そうだ」と仲間が集まってくる。その輪は一部の仲間の垣根を越え、社内、そして社外を巻き込んでいくのだ。
筋の良い企画にするためには、自分ひとりで情報収集や資料作成を完結させるのではなく、周りを巻き込み、様々な意見を聞きながら企画をブラッシュアップさせる必要がある。
このような業務に携わるための時間の確保や人材を育てるのは、企画を担当する側のミッションだ。よく20%ルール(※:Googleのカルチャーで、仕事の時間の20%は本来の役割やミッションとは異なる別の仕事をやってよいというもの)などと言われるが、日常業務に追われる中、すきま時間で新テーマを考えるのは実際のところ困難だ。現状は辞令を出して技術企画部と兼務の扱いとし、本業とは別の独立したラインで20%の活動を行っている。
ニーズ志向型研究開発の取り組みを加速させるためには、市場を知るための情報が、多くの社員に開かれた状態でなければならない。その情報収集の際に使用されているのが、ストックマークが提供する情報収集プラットフォーム『Anews(エーニュース)』である。
▶Anewsについて詳しく知りたい方はこちら
AIを活用した情報収集で、製品化・新規事業が加速するAnews
東間氏は実際にAnewsを使うことで、自身が触れる情報の幅が広がったことを実感している。「一度自分の知りたい領域を設定すれば、放っておいてもいろんな情報が入ってくるという点で、非常に有用です。私は研究職なので意識しないとマーケットの情報に触れる機会が少ないのですが、それらの情報も自動的に入ってくるようになり、情報収集の機会が増えたと感じています」(東間氏)。
渡辺氏は、社内で週に一回行われる「井戸端会議」について語った。この会議はオンラインにて実施され、各メンバーが個人的に興味を持った記事を集め、それを他のメンバーに紹介するというものだ。ここではAnewsのマーク機能が役立っている。マーク機能は、気になった情報をストックし、同時に他のメンバーにも共有できる機能だ。渡辺氏は、「自分がマークした記事が他のメンバーにもマークされていると、社内に同じ興味を持つ人がいることを知ることができる」と述べた。
「ワーキンググループは個人のWillを大切にしていますが、それだけでプロジェクトが進む訳ではありません。みんなが興味を持っている記事はどれか、もっと言うとどの分野なのか。それが見えてきたら、『じゃあ次はこの分野深堀りしてみよう』という流れで、個人の興味を発端にして、社内全体が巻き込まれるムーブメントを生むことができると考えています」と渡辺氏は語った。
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狙うのは「革新的な技術開発」。情報を活用し、ニーズに合わせた研究開発へとシフト
ワーキンググループの活動は、今2年目の後半まで来ている。1年目、2年目の活動を通してグループのメンバーにはどのような変化があったのだろうか。
幹部からは「活気づいてきているから熱が冷めないようにしたい」という声が聞こえてくる。また営業部員からは「顧客への技術面に関するヒアリングに自分も参加したい」という声があり、研究員からは「新規テーマもなんだか面白そう。自分でもやってみたい」などの声が聞こえてくる。「Will」の輪が広がっていることを実感する機会が増えたそうだ。
渡辺氏も、最初はニュースに興味を持って「これ面白いよね」と個人から始まったものが、だんだんみんなでやってみるかという雰囲気になって変わってきているのを実感しているという。
社会を変えたいと思った時、まずは自分の思いを周囲に伝えることが大切である。当然賛成の意見ばかりではないが、さまざまな意見を聞き、対話を繰り返すことで仲間が増えていく。そして、その輪は自分ひとりの「Will」から、仲間全体の「Will」へと育ち、大きなチャレンジにつながっていくのだ。
サプライチェーンの最上流に位置する資源会社として、社会に役立つ製品を届けるまでの間には長い道のりが必要になる。だからこそ「I will challenge」を「We will challenge」へと成長させるために、まずは外に向けて発信することが大きな意味を持ってくるのではないだろうか。さまざまな人を巻き込みながら「Will」の種を育てる方法として、住友金属鉱山の取り組みを参考にしていただきたい。