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【イベントレポート】急成長するダイヤモンド半導体-研究開発の現在地と今後の課題

【イベントレポート】急成長するダイヤモンド半導体-研究開発の現在地と今後の課題

電気自動車(EV)やAIが普及する中、脱炭素社会の実現や省エネルギー化を狙いにした、電力損失の少ない次世代材料を用いたパワー半導体の開発が期待されている。その中でも究極のパワー半導体と称されるのが「ダイヤモンド半導体」だ。優れた材料特性を備えた合成ダイヤモンドから作られ、従来とは比較にならない性能と大きな電力を制御できる可能性を秘めている。

今回のセミナーでは、世界で初めてパワー回路開発に成功した佐賀大学の嘉数教授をお招きし、これまで要素技術の研究に留まっていた「ダイヤモンド半導体」の研究開発はどこまで進んでいるのか。最新の研究開発の現在地と実用化に向けた課題を伺った。

※本記事は、ストックマーク株式会社が2024年6月6日に開催したオンラインセミナー、『佐賀大学 嘉数氏に学ぶ ダイヤモンド半導体 研究開発の現在地と今後の課題』の内容を中心にまとめたものです。


【登壇者】

嘉数 誠 氏

国立大学法人 佐賀大学

教授

企業にて研究開発に従事したのち、2011年より国立大学法人佐賀大学にて教授を務める。その間、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の宇宙科学研究所の客員教授や、産業技術総合研究所(AIST)の太陽光発電研究センターにてクロスアポイントメントフェローを歴任。2023年には半導体・オブ・ザ・イヤー2023にて、「半導体デバイス部門」で優秀賞を受賞。


 ダイヤモンドの物性値と優れた半導体特性

 従来の半導体材料であるシリコンを超える物性

ワイドギャップ半導体の物性比較

ダイヤモンドは従来の半導体材料と比較して非常に優れた物性を持っている。まず、ダイヤモンドのバンドギャップエネルギーはシリコンの約5倍であり、いわゆるワイドギャップ半導体と呼ばれている半導体の一つである。窒化ガリウム、ガリウムナイトライド、シリコンカーバイドなどがパワー半導体として活発に研究開発が行われているが、ダイヤモンドはそれらよりもさらにバンドギャップエネルギーの高い材料であるといえる。こうした物性によって、安定して動作させることができるのだ。

高電圧をかけた際に材料が壊れる限界を示す絶縁破壊電界もシリコンに比べて約30倍あり、非常に高い電圧に耐えることができる。加えて、キャリア飽和速度やキャリア移動度にも優れており、熱伝導率は金属よりも高く、固体材料の中で最も高い材料である。そのため、放熱性が良いという性質も持っている非常に優れた半導体材料であると言えると嘉数氏は説明する。

 ダイヤモンド半導体の次世代パワーデバイスとしての可能性

こうしたダイヤモンドの物性値に基づき、実際の半導体デバイス、たとえばトランジスタやダイオードの性能を予測することができる。

「Balligaの性能指数」はパワーデバイスで必要なエネルギー効率であるが、ダイヤモンドはシリコンの5万倍の特性を示す。つまり、ダイヤモンドを用いたパワーデバイスはシリコンの5万倍の電力を制御できるのだ。「Johnsonの性能指数」によると、高周波の電力性能もシリコンの1,200倍であり、半導体の中で最も優れた性質を持っている。

現在、シリコンカーバイドはシリコンよりも高い電力応用が期待されており、窒化ガリウムは周波数の高さに優れているため、次世代の携帯基地局などでの利用が期待されている。しかし、放送地上局や通信衛星、レーダーなどの高周波かつ高電力が必要な領域では、現在の半導体材料ではカバーできない部分があり真空管が使用されている。ダイヤモンド半導体が実用化されれば、これらの領域も半導体で代替することができ、高効率かつ大規模な電力にすることも可能になるだろう。

また、ダイヤモンドは放射線にも強いという特徴があり、放射線が強い場所での活用やダイヤモンドの硬いという特性から機械的な強度が高いという点で、MEMSや高周波スイッチなどの幅広い分野への応用が期待されていると嘉数氏は語る。

ダイヤモンドの物性と応用例

 ダイヤモンド半導体の実用化に向けた人工ダイヤモンド合成

 高温高圧合成法による限界

ダイヤモンドの人工合成には長い歴史がある。人工ダイヤモンドは「高温高圧合成法」によって作られている。ダイヤモンドは炭素によって構成されている。炭素は常温ではグラファイト(黒鉛)の状態で安定し、高温高圧下ではダイヤモンドとなる。そのため、天然のダイヤモンドは地球のマグマで作られているのだ。一般的に人工ダイヤモンドは高温高圧合成法で生成されるが、窒素が入ってしまうことで黄色っぽくなり、宝石としての価値が低いため工業用に広く使われている。

しかし、高温高圧合成法には大きな問題がある。高圧環境を実現するために大型のアンビル装置が必要になるが、高圧にできる部分の体積が小さいために、5mm角ほどの結晶しか作ることができないのだ。

 プラズマCVD装置を用いたダイヤモンド合成技術の発見

高温高圧合成法以外のダイヤモンド合成技術として、プラズマCVD装置を用いたダイヤモンド合成技術がある。プラズマCVD装置を用いることで、グラファイトの安定条件下でもダイヤモンドを合成することができる。水素で希釈したメタンガスを原料とし、プラズマを生成するためにマイクロ波を使用することで、水素分子がラジカル化し、メチルラジカルが生成され、基板の表面に堆積することでダイヤモンドの結晶が作られるのだ。

一方で、CVDプラズマ装置では薄膜のダイヤモンドの生成は可能だが、高温高圧合成法で作られた人工ダイヤモンドの上にCVDダイヤモンドをつけるため、結晶が小さいという課題は解決ができなかった。他の基板材料の上でダイヤモンドを成長させることで、大きな面積のダイヤモンドを得られる可能性があり、これを「ヘテロエピタキシャル成長」と呼ばれている。

ダイヤモンドのプラズマCVD成長の物理的機構

 共同研究でサファイア基板での大面積ダイヤモンド成長に成功

これらの課題を解決するために佐賀大学並びに嘉数氏が取り組んだのが、サファイア基板の上でダイヤモンドを生成するという方法だ。先行研究の中でMgO基板の上にイリジウムを堆積して、核形成を行いダイヤモンドを結晶成長させるという研究があった。技術自体は非常に優れているが、そもそもMgO基板も大きな面積のものがなく、熱膨張係数がダイヤモンドとは異なるため、大きなダイヤモンドを生成することが困難であるという問題があった。

MgOや一般的な材料は熱膨張係数が大きいため、摂氏1,000°程度でダイヤモンドが基板の上にできたとしても、室温に戻して冷やす間に基板が縮んでしまう一方、ダイヤモンドは縮まないために、大きな歪みができ割れてしまうという現象が起きてしまうのだ。

サファイアは他の基板よりも熱膨張係数が小さい材料だ。窒化ガリウムのLEDで用いられているように6インチや8インチといったサイズのものが容易に入手でき、結晶品質もほぼ完全で低コストのため、いわゆる工業的に優れた材料であるといえるのだ。サファイアの11-20面方位の上にイリジウムを堆積し、その上にダイヤモンドを成長させると優れた品質のダイヤモンドができる。電子顕微鏡での観察では、欠陥密度が1.4×107 /cm²と世界最高水準の結晶品質であることが確認された。また、共同研究していた会社では、現在2インチ径までのダイヤモンドウエハをつくっており、4mm角からの変化に世界中を驚かせることになった。

サファイア基板をダイヤヘテロエピ成長で使うメリット

 なぜダイヤモンド半導体が高効率のパワー半導体なのか

パワー半導体は主に電力をオン・オフするスイッチの役割を果たす。嘉数氏いわく、オフの状態の時に電圧に強く、オンの状態の時に電気抵抗が低いものであるのが理想的なパワー半導体であると考えられているとのことだ。

ダイヤモンドはエネルギーギャップが最も大きい材料のため、オフの時に電圧を高くすることができるという性質があるが、これだけでは不十分で、もう一方のオンの時の性質が重要である。半導体には電気抵抗があり、電気抵抗があるところにIonという電流が流れることで、I2Rという熱が発生ることになる。極端な言い方かもしれないが、発熱によって温度が高くなり、それが放熱されることで地球温暖化の原因になるのだ。

一方で、ダイヤモンドはエネルギーギャップに加えて、バンドギャップも大きいので、電気抵抗となるキャリア濃度を高くすることができるという特性がある。キャリア濃度が高いと電気抵抗を下げることができるため、発熱を抑えることにつながっているのだ。

ダイヤモンドが高効率なパワー半導体である理由

残された問題として、ダイヤモンドに不純物を加えることでn型やp型にする際に、室温では不純物の効果が発揮されず、キャリアがほとんど生成されないという致命的な問題があった。しかし、NO2やNO、SO2、O3をダイヤモンドに供給することにより、p型ダイヤモンドができることを発見したため、ダイヤモンドの抵抗値が大幅に下がり、安定したp型ダイヤモンドが実現した。

さらに、ALDという方法でAl2O3膜を堆積させることにより、未来永劫ホールチャンネルを安定化することが可能になったのである。

 ダイヤモンドMOSFETの開発に世界が注目

 ダイヤモンドMOSFETの特性と性能

佐賀大学で開発されたダイヤモンドMOSFETでは、トランジスタのオフ時の電圧耐性が2,568Vという非常に高い電圧でも壊れないことが示された。さらに、オン時の電流値も非常に高く、現在広く使われているトランジスタと同等の性能を示している。つまり、電流と電圧が両立するトランジスタが完成しており、非常に高い電力を駆動できることを発見した。

このトランジスタの実験値によると、Baliga性能指数は875MWであり、これはダイヤモンド半導体として世界最高の電力値である。いま世界中で窒化ガリウム、ダイヤモンド、シリコンカーバイド、酸化ガリウムといった材料がパワー半導体として競っているが、世界の半導体で最も高い電力である、窒化ガリウムを材料にしたパワー半導体の2,093MWにかなり近づいているのだ。

 ダイヤモンド半導体の急成長と注目度

ダイヤモンド半導体の性能は、2022年から2023年にかけて急激に向上している。先に述べたように、窒化ガリウムが2012年に2093MWという記録を出しているのに対し、ダイヤモンドは最近の実験で875MWまで達成した。この成果は、アメリカの電子通信情報学会「IEEE」の学会誌の論文誌で最も難しいと呼び声の高い「Electron Device Letters」で発表され、表紙に選ばれるなど世界的に大きな注目を集めている。

多くの製造業企業からも「実際の回路で使えるのか」という問い合わせを受けており、このトランジスタをプリント基板に実装し、さらにその基板を別の基板に配線してさまざまなパワー回路で動作させ、特性を調査する中で実用化の道筋を探っているとのことだ。

有能出力電力 Baliga性能指数

 ダイヤモンド半導体の実用化に向けて

 実用化に向けた高速スイッチングと寿命試験

パワー半導体としてダイヤモンドを活用するには、オンとオフの動作を素早く繰り返すことを可能にすることが重要だ。オンとオフの切り替えが遅いと消費電力が増大してしまうからだ。入力時にに矩形波や方形波を入れてオン・オフを繰り返すときの速度をオシロスコープで調べた結果、ターンオン時間は17ns、ターンオフ時間は9.6nsと非常に短く、ダイヤモンドトランジスタは高速スイッチングが可能であることが分かった。

また、従来のダイヤモンドトランジスタは壊れやすいという声が多かったが、寿命試験で190時間以上の動作でも、壊れるどころか電流値が少しずつ上がり、壊れないことも確認されている。ゲートリーク電流という問題に対しても、実験では83時間から87時間を経過したところから電流が流れ始めたが、190時間のストレス試験が完了して電圧を切ると電流値が下がり、ゲートリーク電流もなくなったのだ。元の状態に回復し、「すぐ壊れる」という評価を払拭する実験結果となったのだ。

未だ実用化に向けた問題点は残っているとはいえ、ダイヤモンドという優れた材料を活かしたパワー半導体、「ダイヤモンド半導体」は大きく進歩している。実用化に向けた歩みを着実に進めており、その実現に向けた研究開発を進めていきたいと嘉数氏は語る。

 電気自動車から宇宙応用まで-ダイヤモンド半導体の可能性

ダイヤモンド半導体は、電気自動車の開発が進む中で非常に注目されているが、高周波電力に対しても優れた特性を持つため、Beyond 5Gや6Gの技術への応用も可能だ。

また、ダイヤモンドは放射線に強い特性を持っているため、宇宙応用や宇宙空間での利用にも適している。さらに、量子コンピュータの量子メモリーには、ダイヤモンドのNVセンターと呼ばれる欠陥を利用することで、量子センサーとして優れた性能を発揮することが確認されており、この分野への応用についても研究が進められているとのことだ。

 まとめ

ダイヤモンドはパワー半導体の次世代材料として優れた物性を持つことはご存知の通りだろう。ダイヤモンド半導体は2022年から2023年にかけて大きな進歩を遂げており、窒化ガリウムを材料にしたパワー半導体が記録した、Baliga性能指数に着実に近づいてい状況だ。

脱炭素社会の実現や省エネルギー化といった社会課題の解決、いま注目をされている電気自動車や6G、量子コンピュータや宇宙産業などの事業領域への展開も期待もでき、注視し続けるべき技術領域であることは疑いの余地はないだろう。

日本が世界に誇る「半導体」という分野において、多くの製造業企業が関わりを持つ技術領域として、最新の技術動向や製品化・実証実験などの事例を追う中で、新たな技術や事業の創出につなげていくための活動に取り組んでみてはいかがだろうか。

技術課題の解決には4つの観点での情報収集が必要